長野市を拠点として豊富な知識と様々な経験を活かし整体のご相談をお伺いしております

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スタッフ紹介

お客様が笑顔になれる整体院を目指しております

STAFF

院長

整体師・鍼灸師

宮原 隆

宮原 隆

みやはら たかし

院長

自己紹介
生年月日:1977年4月18日
出身:新潟市
血液型:O型
家族:妻・子供3人(男・女・男)・豆柴
趣味:テニス・スポーツ観戦・日曜大工・料理
好きな食べ物:エイヒレ、くるみナッツ類
好きな言葉:運が良い
よく言われる言葉:幸せそうな顔してるね
利き手:左利き
経歴
新潟県新潟市出身
新潟県立新潟北高校卒
青山学院大学経営学部経営学科卒
東京衛生学園専門学校はり・きゅう学科卒
⭐︎卒業時に日本鍼灸師会会長賞を受賞
治療家歴
品川区 いぬい接骨院勤務  2000~2006年
吉祥寺 共栄マッサージ勤務 2006~2007年
練馬区 石神井整形外科勤務 2006~2008年
新宿区 たいむ鍼灸接骨院開院 2006~2016年
長野市 たいむ整体院開院 2016年~
メディア掲載歴
美魔女雑誌 美ST(光文社)2013年9月号
医療専門誌 成功治療院のつくり方(医道の日本社)2013年6月
取得資格
はり師(第125953号)
きゅう師(第125847号)
柔道 初段
レスリング 3段
スポーツ歴
高校生(新潟北高校)
 レスリング(フリースタイル68㎏級)
  ・全国高校選抜大会 団体ベスト16
  ・全国高校選抜大会 個人第3位
  ・インターハイ 団体ベスト16
  ・インターハイ 個人第3位
  ・国民体育大会(少年の部) 第3位
 ☆主将として新潟北高校初の団体で全国大会に出場
 ☆高校日本代表としてアメリカ遠征に参加
大学生(青山学院大学)
 レスリング(フリースタイル69㎏級)
  ・国民体育大会(成年の部) 第5位
  ・全日本大学レスリング選手権大会 第5位

今まで取り上げられたメディアを掲載しております

MEDIA

体のカリスマが通い詰める整体院として特集されました。

美魔女雑誌 美ST 2019年9月号(光文社発行)

独特の経営法で成功した内容が紹介されました

医療専門誌 成功治療院のつくり方(医道の日本社発行)

国家資格 はり師・きゅう師免許

NATIONAL QUALIFICATION

今までの道のり

HISTORY

1977年4月に新潟市で4900gという驚異的な大きさで生まれました。
そのため小学校の頃から体が強く6年間一度も学校を休むことなく元気いっぱいに育ちました。
大きく元気に産んでくれた親には本当に感謝してます。

中学校に入ってからは柔道部に所属してさらに体を鍛えて勉強よりは体を動かすことに一生懸命でした。
高校は近いからという理由で自宅から一番近い高校を受験して何となく通うことになりました。

高校に入ってからも特に何がしたいという事もなく、部活も何をしようか迷っているところにレスリング部の人に強引に勧誘され入部することになりました。
その時のレスリング部の監督はオリンピックに出場した方で、当時のレスリング部の練習は新潟県ではとても厳しくて有名でした。

レスリングというスポーツはずっと前屈みで動くスポーツなので、腰を痛めてしまい毎日接骨院に通いながら練習をしていました。
何度も辞めたいと思いましたが先輩や監督が恐くて辞めれず続けていました。

ところが厳しい練習に耐えてるうちにいつの間にか強くなっていて、試合でも負けないようになってきました。3年生の頃には県大会で優勝し、北信越大会でも優勝し、インターハイでは銅メダルを取るレベルにまで成長していました。

その実績が評価され高校の日本代表チームの一員としてアメリカ遠征も経験することができました。
レスリング部に勧誘していただいた先輩や厳しく指導して下さった監督、腰の施術をして下さった接骨院の先生には本当に感謝しかありません。

大学には運よく高校でのスポーツの成績を評価され推薦で入学することができました。
青山学院大学は文武両道を重んじるため、今までレスリングばかりしてきた私には勉強がとても大変でした。

大学時代もレスリングの練習中に肩を痛めたため、近所の整形外科に受診したところ問診や触診をほとんどせず、レントゲンを撮って「骨に異常ないから、とりあえず痛み止めの薬とシップ出しとくから一週間経ってまだ痛かったら診せに来て」と言われ施術も何もせず返されてショックを受けました。

結局痛みは変わらず、困っていた私に同期の友人が通っている接骨院を勧めてくれました。そこの先生は痛めた経緯をしっかり聞いてくださり、痛みの出ている原因となる筋肉を丁寧にほぐしてくださいました。

おかげで帰りはすごく肩が軽くなったことを今でも覚えています。その先生のところにお世話になっていると次第に、こういう先生のような仕事をしてみたいと思うようになりました。

そこで先生に「どうやったら先生みたいな仕事をすることができるんですか?」と軽く質問したら「なりたいなら学費出してあげるから、うちで働きながら学校通いな。学費は働きながら少しずつ返して貰えばいいから」と言っていただき、大学卒業と同時に先生に学費を借り夜間の鍼灸の専門学校に通うことになりました。

専門学校に通っている間、昼間は先生の元で修行しながら、夜は学校で筋肉や骨、内臓のことをみっちり勉強して、卒業時に無事に国家試験をパスしてはり・きゅう師の免許を取得しました。本当に先生には感謝しております。

国家資格を取得してから、さらに3年ほどその先生のところで副院長として働かせていただき、借金を返し終わる頃の2006年8月に一緒に働いていた同僚と共同で新宿区中井にたいむ接骨院・たいむ鍼灸院を開院しました。

そこで2016年3月までの10年間、東京で御嶽海関をはじめ、プロのアスリートのパフォーマンスアップやデスクワークによる肩こりに悩む方々を数多く施術してきました。

そして2016年4月よりここ長野に拠点を移して参りました。

治療家になって20年間延べ5万人以上の方を施術し続けてきた結果、2016年11月についにオリジナルの整体法SAA(Scapula Autonomic nerves Approach=肩甲骨自律神経アプローチ)を開発しました。

この整体法は肩甲骨と骨盤を同時に矯正する治療法で肩こりの改善だけが目的ではなく、自律神経の特に交感神経(戦闘モードにする神経)が優位の人を副交感神経(リラックスモードにする神経)優位にするためのに開発したものです。

常に交感神経が優位になっているアスリートの場合、体の力が抜けなくてケガをしたり、パフォーマンスが落ちてしまいます。

また一般の方は交感神経が優位な状態が続くと不眠症や不眠症からのうつ状態や癌、心筋梗塞、脳卒中などにもなりやすくなります。
これはとても危険な状態といえます。

小、中学生の頃の多感な時期に親がとても厳しかったり、部活の顧問の先生が厳しかったりすると、常に交感神経優位の状態で育ってきてしまいます。その経験が大人になっても残ってしまいます。

自分では体に力を入れてないつもりでも、常に体に力が入っていて、緊張状態で生活しています。

それが若いうちは特に問題ないのですが、歳を重ねるうちに疲れが取れなくなってきて交感神経が優位が目立つようになります。

そうすると先ほどお話した様な病気に気づかないうちになってしまいます。そうなってしまっては遅いです。家族や周りの人に迷惑をかけてしまいます。

それは病気になった方も辛いでしょうし、家族や周りの人も辛いと思います。

私はそんな辛い思いをする人を少しでも減らしたいと真剣に思っています。

皆が健康な体と心で家族や周りの人と楽しく幸せに過ごしていけることが私の願いです。

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